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「ノイシュ、仕事には慣れたか?」

 

机に向かっていた若い男は自分の上司に声をかけられた。

ノイシュと呼ばれたその男は国の官吏に登用されてから半年が経とうとしていた。だが、3ヶ月は研修で専門の仕事をしていなかったので実際にこの役目に付いたのはまだ3ヶ月弱であったが、

 

「ええ、まあ、一応。」

 

と上司の声に反応すると

 

「最初の一年はわたしもそんな感じだったよ。まあ焦らず慣れることだ。」

 

と言ってノイシュの肩をぽんと叩いて上司は小部屋へ入っていった。

先輩の官吏たちは書類の作成なり打ち合わせなりでキビキビと働いていた。自分もあんなふうになって少しでも役に立たないと、とノイシュはそう思っていた。

 

しばらく机に向かって自分の仕事をこなしていたが、集中しすぎて少し疲れたので椅子に座ったまま身体を後にそらして視線をやや後ろになるように大きくのびをしたその時である。

ノイシュの視界に薄い紫色の服が入ってきた。

 

「がんばってるわね、ノイシュ。」

 

ノイシュはその声の主を知っていた。官吏の登用試験の際、最終面接でその姿を見た。

 

「エ、エイシアさま・・!」

 

それはこの国のすべての官吏を統率する最も上の上司、この国の女王エイシア=ファークその人であった。

ノイシュはあまりのことで椅子からひっくり返ってしまいそうになったが、すんでのところで女王が椅子をおさえてくれたので転ばずに済んだ。ノイシュはまさかこの国の女王がこのような官吏の執務所まで来るとは思ってもみなかったからである。

実はこの部署に配属され、最初に上司から訓示を受けた際にこんなことを言われていたことをノイシュはふと思い出した。

 

「常に女王エイシアさまが見ていると思って執務に取り組むように。」

 

と。それは官吏に緊張感を持たせるためのものだとばかり思っていたが、まさか本当に自分の後ろにいるとは。それもノイシュは後ろに女王がいることに全く気づかなかった。

この世界の住人はある程度ならば人の気配を感じることができて、後に人が立てば背後に気配を感じることはできるのだが、ノイシュは女王の気配を感じることが一切できなかった。

 

「い、いつからこちらに・・?」

 

ノイシュは女王に声をかけた。

 

「2・3分ぐらい前。」

 

女王はことも無げに言った。ノイシュは少々気が動転してしまっていて次の言葉がなかなか出ずにいると、ノイシュの上司が駆けつけてきた。

 

「やはりエイシアさまでしたか。官吏の背後に気配なく立たれるのはお止めくださいとあれほど申し上げておりますが。」

 

上司が苦い顔をして言うと、女王はさらりと言い返した。

 

 

「やましいことなど断じてありませんが、気配が無く近づかれるといきなりのことで官吏が驚いてしまいます。」

 

ノイシュの上司と女王は数分ほど自らの言い分の応酬を続けていたが、この件については、女王はノイシュの上司の言い分に耳を貸そうとしなかった。結局ノイシュの上司が折れた形となり、

 

「・・エイシアさまの言い分はわかりましたが、くれぐれも官吏を驚かすようなことはお止めください。」

 

とノイシュの上司は女王に言うと、自分の執務室に戻っていった。

 

「邪魔したわね。ノイシュの仕事っぷりがよくわかったから良かったわ。」

 

そう言って女王は何事もなかったかのように執務所から出て行った。ノイシュはあまりの出来事に少しの間あっけにとられていたが、すぐに気を取り直して机に向かい直した。

 

そしてしばらくして冷静になってみると、自分は女王に一度しか会っていないのに自分の名前を憶えてくれていたのかと少しだけ嬉しい気持ちになった。